労働時間管理の是正

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必要のない残業をさせずに退勤させる

 残業の必要性をよく調べてみたところ、従来の残業時間ほど残業させる必要性はないことが判明することは珍しくありません。残業の必要性をよく調査し、残業させる必要性が低いことが判明したら、残業させずに退勤させるようにして下さい。
 残業させる必要性が低い場合は、早く帰るよう声がけするだけでなく、「現実に」退勤させることがポイントです。必要のない残業をさせることが問題となる事例の多くは、「早く帰れよ。」などと声がけするだけで、現実には早く帰らないのを放置している事例です。
 「早く帰れよ。」と声がけすることは抵抗なくできても、残業している社員を現実に帰すよう説得することは、気まずいせいか、なかなかできない上司が多いというのが実情のようです。しかし、必要のない残業をさせずに退勤させることも上司の仕事の一部です。現実に残業をやめさせて退勤させようとしたら、部下の反発を買うのではないか、気まずくて言い出せない、どうしても気が乗らない、などと感じる気持ちは分かりますが、そういった心理的抵抗を乗り越えられるよう努力して下さい。

「早く帰るように言っているのに,なかなか帰ってもらえない。」という悩みにはどう対処すべきか

  「早く帰るように言っているのに、なかなか帰ってもらえない。」といった相談を受けることが多いですが、この言い回しは、誤解に基づいた日本語表現です。なぜなら、残業させずに退勤させるか、残業させるのかを決めるのは雇用主であって、働いている社員ではないからです。この言葉は、「社員には残業せずに早く帰って欲しいのだが、どうすれば早く帰ってもらえるのか、自分には対処法が分からない。」といった程度の意味しか持ち得ません。
 社員に残業せずに早く帰って欲しいのであれば、自分がどのように行動すれば、部下が残業せずに早く退勤してくれるのかよく考え、行動に移しましょう。部下に残業させずに退勤させるかどうかを決めるのは上司の仕事であって、部下が残業するかどうかを決めるのではないのです。

「定額残業代(固定残業代)を導入すれば,残業代を稼ぐために残業する社員が減るから,無駄な残業を抑制することができる。」という考えの問題点

 「定額残業代(固定残業代)を導入すれば、残業代を稼ぐために残業する社員が減るから、無駄な残業を抑制することができる。」と考える会社経営者は珍しくありません。この考えの根底には、残業するかどうかを決めるのは社員であるとの誤解や、社員が無駄な残業をするのは残業代目当てという発想があります。
 残業させるかどうかを決めるのは雇い主の仕事であって、残業している社員が決めることではないのですから、社員が残業した場合に残業代を稼げることは、雇い主が社員に残業させた結果に過ぎず、社員が選択して獲得した結果ではありません。社員に対し一定の時間断りなく残業する裁量を与えることはあり得ますが、残業の裁量を与えたこと自体が雇用主の判断ですし、雇用主に労働時間を把握する義務があることに変わりありません。
 また、労基法37条が時間外労働等した場合に使用者に割増賃金(残業代)の支払を義務付けている趣旨は、使用者に割増賃金(残業代)を支払わせることによって、①時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、②労働者への補償を行おうとする趣旨によるものです(医療法人社団康心会事件最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決)。「残業すれば残業代がもらえるから無駄な残業が増えるのだ。残業してもしなくてももらえる残業代が変わらなければ、無駄な残業を抑制することができる。」という発想は、最高裁判決が判示している労基法37条の趣旨に反する発想と言わざるを得ません。この発想が成り立つのは、労働時間管理が適切になされておらず、残業する社員が残業するかどうかを決めている実態の会社くらいなのではないかと思います。
 雇い主に残業させるかどうかを決める権限があるのであって、労働者に残業するかどうかを決める権限があるわけではないのですから、本来であれば、「定額残業代(固定残業代)を導入すれば、残業代を稼ぐために残業する社員が減るから、無駄な残業を抑制することができる。」といった結果にはならないはずです。
 労働時間管理が適切になされておらず、残業する社員が残業するかどうかを決めている実態の会社では、定額残業代(固定残業代)を導入することにより結果として残業が減ることもあります。しかし、残業するかどうかを個々の社員に決めさせている実態こそが長時間労働の温床となりやすいですので、残業時間に一定の上限を設け、(個々の社員ではなく)雇用主の責任で現実に遵守させる等の配慮が必要となります。
 
 【医療法人社団康心会事件最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決】
 「労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される」

必要のない残業をしていないかを確認する

  残業する必要性が低いのに、ダラダラと労働密度の低い残業らしきものをした社員から、タイムカードや日報等に基づいた労働時間を前提とした残業代請求を受けて多額の残業代の支払を余儀なくされることがあります。
 このような事案の多くは、タイムカード、ICカード、日報等をその都度確認すれば、必要性の低い残業をしていることが容易に分かるにもかかわらず、十分な確認や対応をせずに残業を放置していた事案です。
 タイムカード、ICカード、日報等を基礎として労働時間を把握し、残業する必要がないと思われるのに残業していることがタイムカード等から読み取れる場合は、残業が必要な理由の説明を求めた上で、説明内容を考慮して残業させるのか残業させないのかを判断して下さい。

仕事をしていない在社時間を抑制する

 在社時間と労働時間は異なる概念であり、在社していたからといってそれが直ちに労働時間と評価されるものではありません。しかし、労働者が社内の仕事をするスペースにいる場合、仕事をしている可能性が高いと事実上推定されることがあります。仕事をしていることが事実上推定されてしまうと、使用者側が有効な反証ができない限り、在社時間が労働時間と評価されてしまいます。仕事をしていない在社時間は、極力抑制するようにすべきでしょう。
 では、具体的にどのように対処すればいいのでしょうか。基本的には、始業時刻前・終業時刻後は、その時間に仕事をする必要がある場合を除き、社内の仕事をするスペースにいることを禁止することで対処します。もちろん、単に仕事をしていない時間の在社を禁止する旨伝えるだけでは足りません。仕事をする必要がないのに在社している社員に対しては、必要以上に早く出社することを禁止したり、就業時刻後はオフィスを出るよう指導して、現実にオフィス内にいないようにしていくことになります。

電車の本数が少ないため早く会社に着いてしまう社員や私用の待ち合わせ時間まで社内に残っていたい社員の対応

 地域によっては、電車の本数が少なく、1本電車を遅らせると遅刻してしまうので、どうしても早く会社についてしまうといった事案が存在します。また、友人らとの約束の時間まで、社内に残ってから待ち合わせ場所に出向きたいと要望があることもあります。その場合は、どのように対処すればいいのでしょうか?
 最も望ましい対応は、それでもやはり、仕事をしていない在社を認めないことです。職場は仕事をする場所です。仕事をする必要がない在社を認めるべきではないというのが、基本的な考え方であることは間違いありません。仕事をするスペースにいることを認めると、仕事をしていたと後から言われるリスクが生じることは、どうしても避けられません。
 タイムカードの打刻を始業時刻の直前にさせたり、タイムカードを打刻させてから私用での在社を認めるような場合は、ある程度はリスクが軽減されますが、それでも万全とはいえません。労働審判、団体交渉、労働訴訟等において、「タイムカードを打刻する前にも仕事をさせられていた。」「上司の指示で、タイムカードを打刻させられ、その後サービス残業させられた。」といった主張がなされることは、よくあることです。
 会社の方針として、どうしても、仕事をしていない私用での在社を認めたいのであれば、最小限にとどめ、私用での在社理由を説明する文書を提出させたいところです。それすら現実的でない場合は、労働審判、団体交渉、労働訴訟等になれば私用での在社時間が労働時間であると主張されて争点となり、場合によっては労働時間と認定されるリスクを負っていることを覚悟する必要があります。

残業命令に基づかない残業であることを理由として残業代の支払義務を免れられるか

 労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれた時間をいいます(三菱重工長崎造船所事件最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決)。そして、残業命令に基づかずに仕事をしたとしても、その仕事に要する時間は労働者が使用者の指揮命令下に置かれた時間とはいえませんので、労基法上の労働時間ではありません。となると、残業を命じていない場合に残業したとしても、その残業時間は労基法上の労働時間ではないのですから、労基法37条に定める残業代は支払う必要はないようにも思えます。
 しかし、ここでいう「残業命令」は、明示のもののみならず、黙示のものも含まれます。上司が、部下が残業していることを知りながら放置していた場合は、黙示の残業命令があったと評価されるのが通常ですので、残業命令に基づかない残業であることを理由として残業代の支払義務を免れることはできません。当該残業に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労基法上の労働時間に該当することになります。
 (労働審判、団体交渉、労働訴訟等における主張はともかく)事前対応としては、基本的には現実に退勤させることで対応すべきであって、残業命令に基づかない残業であることを理由として残業代の支払義務を免れることを期待した制度設計をすべきではありません。

残業の事前許可制

 残業する場合には、上司に申告してその決裁を受けなければならない旨就業規則等に定め、実際に、残業の事前許可なく残業することを許さない運用がなされているのであれば、残業の事前許可制は不必要な残業時間の抑制になります。
 しかし、就業規則に残業の事前許可制を定めて周知させたとしても、実際には事前許可なく残業しているのを上司が知りつつ放置しているような職場の場合は、黙示の残業命令により残業させたと認定され、当該残業に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労基法上の労働時間に該当することになります。残業の事前許可制を採用した場合、事前許可なく残業している従業員を見つけたら、現実に残業を止めさせて帰らせるか、許可申請させて残業を許可するかを判断しなければなりません。
 残業の事前許可制を採用した場合における典型的な失敗事例は、残業の事前許可なく残業しているのを見かけたものの、事前許可がない残業だから残業代を支払わなくてもいいと思い込んで残業を放置していたところ、残業代請求を受けるケースです。事前許可なく残業していることを上司が知りながら放置しているような場合は、黙示の残業命令があったと認定され、当該残業に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労基法上の労働時間に該当すると評価される可能性が高くなります。

残業禁止命令

 残業をしないよう強く注意指導しても指示に従わない場合は、書面で残業禁止命令を出さなければならないこともあります。
 書面で残業禁止命令を出し、実際に残業禁止を徹底していれば、命令に反して仕事をした時間があったとしても、残業代支払の対象となる労働時間として認められることはほとんどありません。

【神代学園ミューズ音楽院事件東京高裁平成17年3月30日判決[確定]】
 「賃金(割増賃金を含む。以下同じ。)は労働の対償であるから(法11条)、賃金が労働した時間によって算定される場合に、その算定の対象となる労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下にある時間又は使用者の明示又は黙示の指示により業務に従事する時間であると解すべきものである。したがって、使用者の明示の残業禁止の業務命令に反して、労働者が時間外又は深夜にわたり業務を行ったとしても、これを賃金算定の対象となる労働時間と解することはできない。」
 「前記認定のとおり、被告Mは、教務部の従業員に対し、平成13年12月10日以降、朝礼等の機会及び原告G、同F及びO主任を通じる等して、繰り返し36協定が締結されるまで残業を禁止する旨の業務命令を発し、残務がある場合には役職者に引き継ぐことを命じ、この命令を徹底していたものであるから、上記の日以降に原告らが時間外又は深夜にわたり業務を行ったとしても、その時間外又は深夜にわたる残業時間を使用者の指揮命令下にある労働時間と評価することはできない。」

事業場外労働のみなし労働時間制のみなし労働時間を「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」とする

 営業社員等の事業場外労働のみなし労働時間制のみなし労働時間を所定労働時間とし、適用対象者に対しては「営業手当」等の手当を支払ってはいるものの、残業代を支払っていないか、「営業手当」を定額残業代(固定残業代)として残業代を支払ったことにしている会社が数多く存在します。
 しかし、事業場外労働のみなし労働時間制が適用される場合であっても、所定労働時間働いたものとみなされるのは、通常は所定労働時間内(所定労働時間が8時間の場合は、8時間以内)で当該業務が終わる場合に限定されます。通常は所定労働時間を超えて(例えば、10時間)労働することが必要となる場合については、所定労働時間ではなく、当該業務の遂行に通常必要とされる時間(10時間)労働したものとみなされますので、例えば、通常は1日10時間かかる事業場外労働に従事させている社員のみなし労働時間を所定労働時間とした場合、1日あたり2時間の残業代(時間外割増賃金)が未払となってしまいます。
 このようなことにならないようにするためには、当該業務の遂行に通常必要とされる時間が1日何時間なのかを調査し、実態に合ったみなし労働時間を設定する必要があります。労働審判、団体交渉、労働訴訟等において、当該業務の遂行に通常必要とされる時間が1日何時間なのかについて、会社の認識と異なる時間が認定されないようにするためには、過半数労働組合や過半数代表者との間で、みなし労働時間に関する労使協定を締結し、労基署に届け出ておくとよいでしょう。
 実態に合ったみなし労働時間を設定し、みなし労働時間に応じた残業代(時間外割増賃金)を支払っている場合、仮に、「労働時間を算定し難いとき」という要件を満たさない等の理由から事業場外労働のみなし労働時間制の適用が否定されたとしても、発生した時間外割増賃金のほとんどをカバーすることができ、残業代の追加支払のリスクを相当程度抑制することができるという副次的なメリットもあります。「労働時間を算定し難いとき」という要件が厳格に判断される傾向にある現状からすれば、実態に合ったみなし労働時間を設定することの重要性はますます高まっているといえるでしょう。
 なお、 営業手当を定額残業代(固定残業代)とすることにより残業代の追加支払のリスクに備えている会社も数多く存在しますが、定額残業代(固定残業代)の制度設計がずさんな事例が多く、「営業手当」名目の定額残業代(固定残業代)の支払が残業代の支払として認められなかった裁判例が数多く存在します。定額残業代(固定残業代)については、項目を改めて説明します。

【阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件東京地裁平成22年7月2日判決】
 「本件添乗業務は、『労働時間を算定し難いとき』に該当する。」
 「本条1項ただし書きの『業務の遂行に通常必要とされる時間』も、2項、3項と同様に解釈され、一定の時間を意味すると解すべきである。」
 「そして、本条が『通常』必要とされる時間と規定していることから、各日の状況や従事する労働者等により実際に必要とされる時間には差異があっても、平均的にみて当該業務の遂行に必要とされる時間を意味すると解される。」
 「以上に照らせば、本件各コースにおいて、『業務の遂行上通常必要とされる時間』は、11時間と認められる。」

【阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第3)事件東京地裁平成22年9月29日判決】
 「原告らによる添乗業務については、社会通念上『労働時間を算定し難いとき』に該当し、本件みなし制度が適用されるというべきである。」
 「労働基準法38条の2第1項但書は、『通常必要とされる時間』という文言を用いており、国会における審議内容にかんがみても、同法は個別具体的な事情を捨象した上でみなし労働時間を判定することを予定しているものと解される。そうすると、労働者の個性や業務遂行の現実的経過に起因して、実際の労働時間に差異が生じ得るとしても、(実労働時間の把握が困難である以上、)基本的には、個別具体的な事情は捨象し、いわば平均的な業務内容及び労働者を前提として、その遂行に通常必要とされる時間を算定し、これをみなし労働時間とすることを予定しているものと解される。」
 「ただし、前述したとおり、労働基準法は、事業場外労働の性質にかんがみて、本件みなし制度によって、使用者が労働時間を把握・算定する義務を一部免除したものにすぎないのであるから、同法は、本件みなし制度の適用結果(みなし労働時間)が、現実の労働時間と大きく乖離しないことを予定(想定)しているものと解される。すなわち、労働時間を把握することが困難であるとして、本件みなし制度が適用される以上、現実の労働時間との差異自体を問題とすることは相当でないが、他方において、本件みなし制度は、当該業務から通常想定される労働時間が、現実の労働時間に近似するという前提に立った上で便宜上の算定方法を許容したものであるから、みなし労働時間の判定に当たっては、現実の労働時間と大きく乖離しないように留意する必要があるというべきである。」
 「以上の事情を総合考慮し、当裁判所は、原告らの添乗業務における『みなし労働時間』について、原告らの従事した添乗業務(ツアー)ごとに判定するという方法を採用することとした。具体的には、前述したとおり、添乗日報は、旅程の消化状況を概ね反映しているものと解されることから、原則として、添乗日報の記載を基準として、始業時刻と終業時刻を判定し、適宜休憩時間を控除することとし、添乗日報がない場合において、行程表や最終日程表を補助的に用いるという方法を採用した。」

 


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