問題社員40 解雇していないのに出社しなくなった社員が解雇されたと主張する。

1 退職届を提出させることの重要性

 社員が口頭で会社を辞めると言って出て行ってしまったような場合、退職届等の客観的証拠がないと口頭での合意退職が成立したと会社が主張しても認められず、解雇したと認定されたり、合意退職も成立しておらず解雇もされていないから労働契約は存続していると認定されたりすることがあります。
 退職の申出があった場合は口頭で退職を承諾するだけでなく、退職届を提出させて退職の申出があったことの証拠を残しておいて下さい。印鑑を持ち合わせていない場合は、退職届に署名したものを提出させれば足ります。後から印鑑を持参させて面前で押印もさせることができればベターです。
 出社しなくなった社員が退職届を提出しない場合には、電話、電子メール、郵便等を用いて、
 ① 退職する意思があるのであれば退職届を提出すること
 ② 退職する意思がないのであれば出勤すること
を要求して下さい。放置したままにしておくのはリスクが高いです。特に、解雇通知書や解雇理由証明書を交付するよう要求してきたら要注意です。

2 解雇されたという話に持って行きたい労働者側の意図

 使用者から解雇されていないにもかかわらず、解雇されたという話に持って行きたい労働者側の意図は、主に以下のものが考えられます。
 ① 失業手当の受給条件を良くしたい。
 ② 解雇予告手当を請求したい。
 ③ 解雇無効を主張して、働かずにバックペイ又は解決金を取得したい。

3 失業手当の受給条件

 労働者が自己都合で会社を辞めた場合は、会社都合の場合と比較して、失業手当の支給開始が3か月遅れるなど、失業手当の受給条件が悪くなってしまうのが原則です。労働者の中には、会社から解雇されたことにして、失業手当の受給条件を良くしようとする者もいます。
 なお、退職勧奨により退職した者は「特定受給資格者」(雇用保険法23条1項)に該当するため(雇用保険法23条2項2号)、会社都合の解雇等の場合と同様の扱いとなり、給付制限もありません。退職勧奨による退職であっても退職届を出してしまうと失業手当の受給条件が不利になると誤解されていることがあります。

4 解雇予告手当の請求

 平均賃金30日分の解雇予告手当(労基法20条1項)を取得したくて即時解雇されたと主張する労働者が散見されます。

5 解雇無効を前提とした賃金請求

 解雇の無効を前提として、解雇日以降の賃金請求がなされた場合に会社が負担する可能性がある金額は、高額になることがあります。
 単純化して説明しますと、月給30万円の社員を解雇したところ、解雇の効力が争われ、2年後に判決で解雇が無効と判断された場合は、既発生の未払賃金元本だけで、30万円×24か月=720万円の支払義務を負うことになります。
 解雇が無効と判断された場合、実際には全く仕事をしていない社員に対し、毎月の賃金を支払わなければならないことを理解しておく必要があります。

6 解雇が無効と判断された場合に解雇期間中の賃金として使用者が負担しなければならない金額

 解雇が無効と判断された場合に解雇期間中の賃金として使用者が負担しなければならない金額は、当該社員が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金の合計額です。基本給や毎月定額で支払われている手当のほとんどは支払わなければなりません。
ア 通勤手当
 実費補償的な性質を有する場合は、通勤手当について負担する必要はありません。
イ 残業代
 時間外・休日・深夜に勤務して初めて発生するものなので、通常は負担する必要がありません。ただし、一定の残業代が確実に支給されたと考えられる場合には、支払を命じられる可能性があります。
ウ 賞与
 支給金額が確定できない場合は、解雇が無効と判断されても支払を命じられません。支給金額が確定できる場合は、確定できる金額について支払が命じられることがあります。一定額の賞与を支給する労使慣行が成立していたという主張は、なかなか認められません。
エ 解雇期間中の中間収入(他社で働いて得た収入)
 解雇期間中の中間収入(他社で働いて得た収入)が副業収入のようなものであって解雇がなくても取得できた(自社の収入と両立する)といった特段の事情がない限り、
 ① 月例賃金のうち平均賃金の60%(労基法26条)を超える部分(平均賃金額の40%)
 ② 平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(賞与等)の全額
が控除の対象となります(米軍山田部隊事件最高裁昭和37年7月20日第二小法廷判決、あけぼのタクシー事件最高裁昭和62年4月2日第一小法廷判決、いずみ福祉会事件最高裁平成18年3月28日第三小法廷判決)。控除しうる中間収入はその発生期間が賃金の支給対象期間と時期的に対応していることが必要であり、時期が異なる期間内に得た収入を控除することは許されません(あけぼのタクシー事件最高裁昭和62年4月2日第一小法廷判決)。
 解雇期間中に失業手当を受給していたとしても、失業手当額は控除してもらえません。
オ 源泉徴収すべき所得税、地方税、社会保険料
 判決で支払を命じられるのは、源泉徴収すべき所得税、地方税、社会保険料を控除する前の賃金額ですが、実際の賃金支払の際にはこれらを控除して支払うことになります。
カ 仮払金
 仮処分で賃金相当額の仮払が命じられ、仮払をしていたとしても、判決では仮払金を考慮しない賃金額の支払が命じられます。賃金の支払を命じる判決が確定した場合は、既払の仮払金の充当について、代理人間で調整する必要があります。

7 無断録音

 解雇していないのに出社しなくなった社員が解雇されたと主張するような事案では、退職に関するやり取りは、無断録音されていることが多く、録音記録が訴訟で証拠として提出された場合は、証拠として認められてしまいます。
 解雇されたことにしたい労働者は、会話を無断録音しながら「解雇」と言わせようと誘導しようとすることが多いので、不自然に「解雇」と言わせたがっている様子が窺われる場合には無断録音を疑うとともに、慎重に対応する必要があります。

弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎

 


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