問題社員38 部下に過大なノルマを課したり仕事を干したりする。
1 過大なノルマの問題点
部下に対し一定のノルマを課すこと自体は合理的なことであり、上司にしてみれば、ノルマを達成できるだけの高い能力とやる気のある社員だけ残ればいいという発想なのかもしれません。しかし、とても達成できないような過大なノルマを部下に課すことに経営上の合理性はなく、部下のモチベーションが上がらず営業成績を高めることができない結果となったり、せっかく費用をかけて採用し育成した部下が次から次に辞めてしまったりする可能性が高くなります。これは、効率的な会社運営のみならず、部下のキャリア形成にとっても大きなマイナスとなります。部下の社員が自腹で商品を買い取らないとノルマを達成することができないような場合は、「自爆営業」を強要するブラック企業といった悪評が立てられて企業イメージが悪化し、顧客の獲得や新規採用活動に支障を来すことになりかねません。
ノルマを達成するために恒常的な長時間労働に従事していた部下が精神疾患や脳・心臓疾患を発症した場合には、業務と疾患発症との間の相当因果関係(業務起因性)が肯定されて労災となり、さらには会社が安全配慮義務違反や使用者責任を問われて損害賠償請求を受ける可能性もあります。
さらに、過大なノルマを達成するために営業社員が長時間労働を余儀なくされれば、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる(労基法38条の2第1項ただし書)と評価されて、事業場外労働みなし労働時間制を採用している場合であっても、時間外割増賃金の支払が必要となる可能性が高くなります。
会社の利益のためにも、部下の利益のためにも、ノルマは適正な水準にする必要があるのです。
2 仕事を干すことの問題点
上司が自分の意に沿わない部下の仕事を干すことを会社として容認することができないのは言うまでもありません。会社は管理職の私物ではありません。管理職が合理的理由なく自分の意に沿わない部下の仕事を干すことは権限逸脱行為であり、これを放置していたのでは、一体、誰の会社なのか分からなくなってしまいます。最悪の場合、部下は、会社に残ろうと思えば、会社の利益のために働くのではなく、上司の意に沿った形で働くことを優先することになりかねません。また、部下の仕事を干すことは、当該部下のキャリア形成を阻害することにもなります。
当該措置に合理的理由がないのであれば不法行為が成立し、会社も安全配慮義務違反や使用者責任を問われて損害賠償義務を負う可能性があります。
3 具体的対処方法
特定の管理職の部下の離職率が高いなどの問題がある場合には、当該管理職から十分に事情を聴取する必要があります。管理職の機嫌を損ねることを恐れて、事情聴取を躊躇してはいけません。
過度のノルマを課しているのではないかという点については、ノルマの達成率、ノルマとして設定した数値の具体的根拠、離職率が高い理由、離職率を下げる方法として考えられること等を、意に沿わない部下の仕事を干しているのではないかという点については、当該部下に与えている仕事の内容・量、その具体的理由等を聴取することになります。当該管理職の説明に不合理な点が見つかった場合には、注意指導してその是正を促します。
併せて、部下の社員からも、ノルマの達成率、業務遂行のため通常必要となる労働時間、自爆営業の有無、離職率が高い理由、離職率を下げる方法として考えられること、上司である管理職が意に沿わない部下の仕事を干しているのかどうか等を聴取し、当該管理職の説明が部下の社員の説明と整合性があるか等をチェックします。
本件のような問題は、部下の社員からの申告がなければ問題の存在自体把握できず、対応が遅れることになりかねませんので、社内の相談窓口や社外の弁護士窓口を設置するとともに、社員が安心して相談できる雰囲気を作っておくとよいでしょう。
注意指導した結果、管理職の言動が大きな問題はない程度に改善された場合には、通常の注意指導教育をその後も継続していけば足りるでしょう。
管理職のしていたことが悪質な場合は懲戒処分に処することも考えられますが、会社が当該管理職を放置していて十分な注意指導教育をしてこなかったというような経緯がある場合には、重い懲戒処分は懲戒権濫用により無効(労契法15条)となる可能性がありますので、懲戒処分に処するにしても軽めのものにとどめるべきことが多いのではないかと思います。
当該管理職の理解不足、マネジメント能力不足が原因で注意指導しても当該管理職の言動が改まらない場合は、十分に注意指導するだけでなく、管理職研修を受けさせるなどして教育していきます。いくら注意指導教育しても問題点を理解できないようであれば、管理職としての適格性が欠如していると考えられますので、人事権を行使して管理職から外すなどの措置が必要となります。入社当初から管理職として地位を特定して高給で採用したような場合は、人事権を行使して管理職から外し、他の職位に降格するあるいは異動するという対応では地位を特定して採用した意味がなくなりますので、退職勧奨や解雇で対処することを検討してもよいかもしれません。
注意指導しても当該管理職の言動が改まらない原因が当該管理職の思い上がりによるものであり、「現場に口を出さないで下さい。」等と言って、経営者に対しても反抗的・挑戦的態度をとり続けるような場合は、懲戒処分に処するとともに、人事権を行使して管理職から外すなどの措置が必要となります。それでも態度が改まらない場合は、その都度、懲戒処分に処してから退職勧奨又は解雇を検討することになります。入社当初から管理職として地位を特定して高給で採用したような場合は、初めから退職勧奨や解雇での対応を中心に検討することになります。
部下に対し、とても達成できないような過大なノルマを課したり、自分の意に沿わない部下の仕事を干したりする管理職がいる会社は、経営者が当該管理職に特定の部門を任せきりにして、十分なチェック機能を果たしていないことが多い印象があります。確かに、経営者が何もしなくても特定の人物が特定の部門をうまく取り仕切ってくれるのであれば、経営者としては楽かもしれませんが、経営者として当然行うべき職務を怠っていると言わざるを得ません。「いちいち管理せずに、現場のことは現場の自主性に任せた方がうまく行く。」等と言って、特定の管理職に特定の部門を任せきりにしていたところ、管理職の縄張り意識とか自分のお陰で会社が儲かっているという意識が強くなり、経営者の言うことを聞かなくなったり、情報を経営者に隠したり、顧客に対し経営者の悪口を言ったり、横領等の不正行為を行ったり、新入社員に仕事を教えず何人も虐めて辞めさせてしまったりして困っているといった相談を受けることは珍しくありません。
このような管理職が出てこないようにするためには、会社経営者が管理職をしっかり監督し、問題があれば丁寧に注意指導して改めさせることが必要不可欠です。経営者は、新入社員が仕事を教えてもらうことができないまま上司に虐められて何人も辞めさせられてしまうといった事態にならないようにする責任を負っているのだという意識を強く持つ必要があります。
弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎