問題社員33 精神疾患を発症したのは長時間労働や上司のパワハラ・セクハラのせいだと主張して損害賠償請求してくる。
長時間労働や上司のパワハラ・セクハラが原因となって労働者が精神疾患を発症した場合、使用者は安全配慮義務違反(労契法5条、民法415条)又は使用者責任(民法715条)を問われ、損害賠償義務を負うことがあります。
過去の裁判例、心理的負荷による精神障害の労災請求事案において業務上外を判断する際に用いられる「心理的負荷による精神障害の認定基準(平成23年12月26日基発1226第1号)」(認定基準)等を参考にして、損害賠償義務の有無、賠償額等について検討することになります。
認定基準は、心理的負荷による精神障害の労災請求事案について、行政機関が業務上外の判断に用いる内部基準に過ぎず、裁判所を拘束するものではないし、労災認定における相当因果関係や安全配慮義務違反等を理由とした民事損害賠償請求における相当因果関係と同じものではありません。
しかし、認定基準は、最新の臨床経験上の知見を踏まえて作成されたものであり、労災認定における相当因果関係や安全配慮義務違反等を理由とした民事損害賠償請求における相当因果関係の判断に当たり、認定基準を参考にすることには合理性があるものと考えられます。
訴訟や労働審判になっていない場合は、労災申請を促して労基署の判断を仰ぎ、審査の結果、労災として認められれば労災として扱い、労災として認められなければ私傷病として扱うこととすれば足りることが多いのではないでしょうか。
労災保険給付がなされた場合、使用者は、同一の事由については、その価額の限度において民法の損害賠償の責を免れることになりますが(労基法84条2項類推)、労災保険給付は、慰謝料は対象としておらず、休業損害や逸失利益の全額を補償するものではないため、労災保険給付がなされている場合であっても、使用者は、労働者から、慰謝料、休業損害や逸失利益で補償されなかった金額について、損害賠償義務を負担する可能性があります。
精神疾患の発症が労災として認められた場合、業務と疾病等との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)が認められたことになります。
業務と疾病等との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)があるにもかかわらず、民事損害賠償請求における相当因果関係、結果の予見可能性・回避可能性がない事例や、使用者が結果を回避しないことが違法と評価できないような事例は、それほど多くはありません。
業務起因性が肯定されて労災保険給付が行われた場合は、使用者は民事損害賠償請求においても、安全配慮義務違反や使用者責任を問われて損害賠償義務を負う可能性が高いというのが実情です。
電通事件最高裁第二小法廷平成12年3月24日判決は、「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。」としており、長時間労働により疲労や心理的負荷等が過度に蓄積した場合において労働者の心身の健康を損なうことを通常損害と捉えていると考えられます。
とすると、長時間労働により疲労や心理的負荷等が過度に蓄積した事実が認められれば、通常は労働者の心身の健康を損なうことの一態様であるうつ病等の精神疾患発症との間に相当因果関係が認められることになる可能性が高いものと思われます。
認定基準では、長時間労働との関係では、
① 発病日直前の1か月におおむね160時間を超えるような、またはこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働(週40時間を超える労働時間数)を行った場合(休憩時間は少ないが手待ち時間が多い場合等、労働密度が特に低い場合を除く。)
② 発病直前の連続した2か月間に、1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合
③ 発病直前の連続した3か月間に、1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合
④ 具体的出来事の心理的負荷の強度が労働時間を加味せずに「中」程度と評価される場合であって、出来事の後に恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められる場合
⑤ 具体的出来事の心理的負荷の強度が労働時間を加味せずに「中」程度と評価される場合であって、出来事の前に恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められ、出来事後すぐに(出来事後おおむね10日以内に)発病に至っている場合、又は、出来事後すぐに発病には至っていないが事後対応に多大な労力を費やしその後発病した場合
⑥ 具体的出来事の心理的負荷の強度が、労働時間を加味せずに「弱」程度と評価される場合であって、出来事の前及び後にそれぞれ恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)が認められる場合
等が客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。
男女雇用機会均等法11条は、第1項において、「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と定め、第2項において、「厚生労働大臣は、前項の規定に基づき事業主が講ずべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(次項において「指針」という。)を定めるものとする。」と定めています。
第2項を受けて定められた指針が、「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)」(セクハラ指針)です。
セクハラ指針は、行政指導の根拠規定であって、直ちに安全配慮義務違反の有無を判断する際の基準となるわけではありませんが、使用者にはセクハラ指針が定める措置を講じる義務がありますし、その内容にも合理性が認められますので、安全配慮義務違反の有無を判断する際にも参考にされるものと考えられます。
認定基準では、セクハラとの関係では、
① 強姦や、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた場合
② 胸や腰等への身体接触を含むセクシュアルハラスメントであって、継続して行われた場合
③ 胸や腰等への身体接触を含むセクシュアルハラスメントであって、行為は継続していないが、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった又は会社への相談等の後に職場の人間関係が悪化した場合
④ 身体接触のない性的な発言のみのセクシュアルハラスメントであって、発言の中に人格を否定するようなものを含み、かつ継続してなされた場合
⑤ 身体接触のない性的な発言のみのセクシュアルハラスメントであって、性的な発言が継続してなされ、かつ会社がセクシュアルハラスメントがあると把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった場合
等が客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。
認定基準では、「② いじめやセクシュアルハラスメントのように、出来事が繰り返されるものについては、発病の6か月よりも前にそれが開始されている場合でも、発病前6か月以内の期間にも継続しているときは、開始時からのすべての行為を評価の対象とすること。」とされています。
また、認定基準では、以下のような留意事項が定められています。
① セクシュアルハラスメントを受けた者(以下「被害者」という。)は、勤務を継続したいとか、セクシュアルハラスメントを行った者(以下「行為者」という。)からのセクシュアルハラスメントの被害をできるだけ軽くしたいとの心理などから、やむを得ず行為者に迎合するようなメール等を送ることや、行為者の誘いを受け入れることがあるが、これらの事実がセクシュアルハラスメントを受けたことを単純に否定する理由にはならないこと。
② 被害者は、被害を受けてからすぐに相談行動をとらないことがあるが、この事実が心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならないこと。
③ 被害者は、医療機関でもセクシュアルハラスメントを受けたということをすぐに話せないこともあるが、初診時にセクシュアルハラスメントの事実を申し立てていないことが心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にはならないこと。
④ 行為者が上司であり被害者が部下である場合、行為者が正規職員であり被害者が非正規労働者である場合等、行為者が雇用関係上被害者に対して優越的な立場にある事実は心理的負荷を強める要素となり得ること。
違法なパワハラに該当するかどうかは、行為のなされた状況、行為者の意図・目的、行為の態様、侵害された権利・利益の内容、程度、行為者の職務上の地位、権限、両者のそれまでの関係、反復・継続性の有無、程度等の要素を総合考慮し、社会通念上、許容される範囲を超えているかどうかにより判断されることになります。
平均的な心理的耐性を有する者に心理的負荷を過度に蓄積させると客観的に評価されるような行為は、原則として違法となります。
ただし、その行為が合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で行われた場合には、正当な職務行為として違法性が阻却される場合があります。
認定基準は、パワハラとの関係では、
① 部下に対する上司の言動が、業務指導の範囲を逸脱しており、その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ、かつ、これが執拗に行われた場合
② 同僚等による多人数が結託しての人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われた場合
③ 業務をめぐる方針等において、周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ、その後の業務に大きな支障を来した場合
④ 業務をめぐる方針等において、周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の同僚との間に生じ、その後の業務に大きな支障を来した場合
⑤ 業務をめぐる方針等において、周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が多数の部下との間に生じ、その後の業務に大きな支障を来した場合
等が客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であるとされています。
弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎