問題社員26 会社の業績が悪いのに賃金減額に同意しない。

1 はじめに

 会社の業績が悪いため賃金原資を確保することが難しい場合、労働者の賃金を減額したり、辞めてもらう必要があることもあります。しかし、賃金を減額するにしても、辞めてもらうにしても、自由に行うことはできず、一定のルールを守らなければなりません。
 本FAQでは、会社の業績が悪いのに賃金減額に同意してもらえない場合の対処法について解説します。

2 業績が悪いことへの対処法全般の検討

 会社の業績が悪い場合に検討すべき対処法は、賃金減額だけではありません。例えば次のような対処法についても検討した上で、賃金減額が適切と判断される場合に賃金減額を行うことになります。例えば、残業抑制や休業で対処できるのであれば、賃金を減額する必要はないかもしれません。
 ① 残業抑制
 ② 休業
 ③ 配置転換、在籍出向等
 ④ 労働者派遣契約の打ち切り、有期契約労働者の雇止め
 ⑤ 早期退職募集・退職勧奨
 ⑥ 整理解雇

3 賃金を減額しなければならない理由の説明

 賃金を減額することを選択した場合に、最初にしなければならないことは、賃金が減額される労働者に対し、賃金を減額しなければならない理由を説明することです。売上、損益等の金額を記載した資料を交付して会社の財務内容を説明したり、会社が行ってきた他の施策の成果が不十分であることを説明するなどして、賃金を減額しなければならない理由をできるだけ丁寧に説明しましょう。賃金を減額しなければならない十分な理由がある場合は、賃金減額に応じてもらえることも珍しくありません。賃金を減額しなければならない理由について具体的に検討していくうちに、他の手段で対応するのが適切なことに気づくこともあります。
 業績の悪さを労働者や金融機関に知られたくないなどの理由から、売上、損益等の金額を伝えたくないことがあると思います。しかし、売上、損益等の金額を具体的に説明できないのでは、賃金を減額しなければならないほど会社の業績が悪いとは理解してもらえず、賃金減額に同意してもらうことも難しくなります。賃金減額に応じてもらう必要性と売上、損益等の金額を秘密にする必要性とを天秤にかけて、どの程度の説明をするのか決めて下さい。

4 賃金減額の方法

 賃金減額の方法には、次の3つがあります。
 ① 労働協約の締結
 ② 就業規則の変更
 ③ 個別合意
 自社の労働者が労働組合に加入している場合には、労働組合と交渉して労働協約を締結することにより、当該組合員の賃金を減額することができます。労働組合に対し賃金減額の必要性を説明し、減額幅などについて交渉し、労働協約を締結するという手順を踏むことになります。
 就業規則で定められている賃金については、就業規則を変更することにより賃金を減額することも考えられます。就業規則変更による賃金減額が有効となるためには、賃金が減額される労働者の同意があるか、就業規則変更に高度の必要性に基づいた合理性があることが必要です。就業規則を変更することにより賃金を減額する場合は、就業規則変更の同意を取得した上で就業規則を変更するのが原則です。同意のないまま就業規則を変更して賃金を減額するのは、いくら説得しても同意してもらえなかったごく少数の労働者についてのみ例外的に行うのが一般的です。 
 個別の合意により支払うこととされている賃金を減額する場合は、労働者個人と交渉して賃金減額の同意を取得し、賃金を減額します。賃金を減額した結果、就業規則で定められているものよりも労働者に不利になる場合は、就業規則についても変更を行います(就業規則の最低基準効)。
 賃金を減額する就業規則変更に対する同意、賃金減額の個別合意いずれについても、最低限、書面で同意を取得するようにして下さい。口頭での同意しかない場合は、裁判になったら十中八九負ける覚悟が必要です。
 賃金減額(の就業規則変更)に同意する内容の同意書を取得していたとしても、賃金減額の同意があったと認めてもらえないことがあることは理解しておいて下さい。同意書の作成提出により賃金減額に同意したと評価できるかは、様々な事情を考慮して、労働者の自由な意思に基づいて同意書が作成されたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かを考慮して判断されます。労働者が賃金減額により被る不利益の内容を具体的に理解できるだけの情報を提供することが必要です。

5 減額する賃金項目の検討

(1) 賞与
 業績が悪い場合、月例賃金の減額に先立ち、賞与の不支給または支給額の抑制を行って下さい。基本給や諸手当を減額をするのは、賞与を不支給とするか、労働契約上支払うこととされている最低額としてからにしましょう。
 賞与として具体的な金額を支払うこととされている場合は、原則としてその額を支払わなければならないため、減額するためには同意の取得等が必要です。他方、賞与を支給することとされてはいるものの、具体的な支給額が算定できない場合は、賞与を不支給にしたとしても、不足額の請求は認められません。一定額の賞与支給が労使慣行となっているとの主張がなされることがありますが、認められることはそれほど多くありません。
(2) 基本給
 業績が悪いことを理由に基本給を減額することは、法律上も事実上も困難なのが一般的です。基本給の減額は、最後の選択肢とするのが妥当なケースがほとんどです。どうしても基本給の減額が必要な場合は、少なくとも大部分の労働者からは同意を取得するようにして下さい。
 一方的に基本給を減額する場合は、基本給減額の権限(減額できることを定めた就業規則上の根拠条文等)があり、減額が濫用に当たらないことが必要です。「10%までなら基本給を減額できますか。」との質問を受けることがありますが、これは減額が濫用に当たらないかどうかを判断する際に参考とする目安に過ぎず、必ずしも基本給の10%までなら減額できるというものではありません。
 定期昇給凍結は、具体的な定期昇給の合意や就業規則の定め等がある場合には、同意の取得、就業規則変更等の対応が必要となります。合意や定めがない場合は、定期昇給を凍結しても違法ではありません。具体性を欠く定期昇給の合意や定めがあるに過ぎない場合は、定期昇給を凍結することは合意や定めに違反するかもしれませんが、不足額を算定できないため、不足額を請求する根拠となるものではありません。
 ベースアップを凍結できるかどうかは、基本的には労使交渉の問題であり、賃金減額の問題ではありません。ただし、いったん合意したベースアップをなかったことにするためには、労働組合との再交渉等が必要となります。
(3) 諸手当
 諸手当の不支給や減額は、難易度が高めです。諸手当の減額は、基本給と比べれば労働者の理解を得られやすい面がありますが、諸手当であれば、不支給としたり減額したりできるわけではないことは、理解しておいて下さい。
(4) 退職金
 退職金の減額は、基本的には労働者の同意を得て行うべきものです。同意があったといえるようにするためには、同意書を取得するだけでなく、退職金の減額に同意しない場合の金額、同意した場合の金額、減額幅等、被る不利益の内容を記載した書面を交付して説明を行うべきでしょう。
(5) 年俸
 年度の途中に年俸を減額する場合は、労働者の同意が必要となるケースがほとんどです。最低限、書面で減額後の金額について合意するようにして下さい。
 無期契約の年俸制社員に対し、新年度の年俸額引下げを提案したところ断られた場合に、新年度の年俸額が何円になるのかは労働契約を解釈して決められることになります。予め、新年度の年俸額について合意が成立しない場合には、暫定的に前年度の年俸額とするとか、前年度の年俸額の80%の金額とするといった合意を年俸契約書に盛り込むなどしておくとよいでしょう。
 1年契約の有期契約社員の年額賃金のことを年俸と呼んでいるケースもあります。更新後の有期契約の年額賃金について合意が成立しない場合は、有期労働契約は更新されずに、期間満了で終了となるのが原則です。契約期間満了までに年額賃金について合意できていないにもかかわらず、新年度の契約書を取り交わさずに契約期間満了後も働かせているケースが散見されますが、年額賃金についての合意ができなかった場合にも契約を更新することになってしまい、トラブルの元です。契約期間満了の1か月程度前までには、更新後の労働契約書の取り交わしを終えるようにして下さい。
(6) 定額残業代(固定残業代)の新設・廃止
 従来の賃金に上乗せする形で定額残業代(固定残業代)を新設するのであれば、賃金減額ではありません。従来、基本給25万円を支給してきたのに対し、基本給25万円、定額残業代(固定残業代)5万円とするような場合がこれに当たります。ただ、このやり方は、業績が悪いことへの対応にはなりません。
 他方、従来の賃金の一部を定額残業代(固定残業代)に振り替える場合は、定額残業代(固定残業代)に振り替えられた従来の賃金が減額されることになりますので、労働条件の不利益変更となります。従来、基本給25万円を支給してきたのに対し、基本給20万円、定額残業代(固定残業代)5万円とするような場合がこれに当たります。この場合は、同意書を取得する等の対応が必要となります。「従来も、基本給20万円、定額残業代(固定残業代)5万円を、基本給名目で25万円支給していただけなので、それを分けて内訳を明確化したとしても、賃金減額とか労働条件の不利益変更には当たらない。」といった主張は、理論的にはつじつまが合っているようにも見えますが、実際にはほとんど認められない主張です。
 業績が悪くなると残業が減って、定額残業代(固定残業代)が必要なくなったり、金額が実際に計算した残業代の額と乖離するようになることがあります。例えば、従来、基本給20万円、定額残業代(固定残業代)5万円としていたものの、業績が悪くて仕事が減り、残業がほとんどなくなったので基本給20万円だけにしたいというケースがこれに当たります。定額残業代(固定残業代)が本当の意味で残業代の実質を有しているといえるのであれば、残業がほとんどなくなった以上、定額残業代(固定残業代)を廃止するのは合理的なことといえるでしょう。他方、定額残業代(固定残業代)5万円が形だけのもので、実際には月給25万円、残業代なしというのが実態の場合は、25万円の基本給を20万円に減額する場合と同様の手続が必要となるかもしれません。

6 おわりに

 有効に賃金減額を行うことは、容易ではありません。賃金減額は、基本的には労働者の同意を得て行うべきものだと考えるのが適切だと思います。
 また、賃金減額について労働者の同意を得ることができたとしても、減額後の賃金水準次第では、有能な労働者の勤労意欲が減退し、退職してしまうかもしれません。意欲的に働いてもらうためにはどうすればいいかといった観点からの手段選択も必要です。

弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎

 


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