問題社員19 残業代込みの給料(固定残業代・みなし残業)であることに納得して入社したにもかかわらず残業代の請求をしてくる。
1 はじめに
「残業代込みの給料(固定残業代・みなし残業)であることは、入社時に説明し、納得してもらって入社したのに、残業代を請求された。」
そう嘆いている会社経営者の方を何人も見てきました。どうして、こんなことになってしまったのでしょうか。
2 残業代の支払義務
労基法では、1日8時間、週40時間を超えて働かせた場合は、時間外割増賃金を支払わなければならないとされています。1週間に1日、休日(法定休日)を取得させなければならず、法定休日に働かせた場合は、休日割増賃金を支払わなければなりません。深夜(22時~5時)に働かせた場合は、深夜割増賃金を支払うことになります。これらの時間外割増賃金、休日割増賃金、深夜割増賃金は、労基法で支払を強制されているため、労働者本人がいらないと言っていたとしても、支払わなければなりません。労基法37条の割増賃金を支払わなくていいのは、管理監督者等に関する例外規定の適用がある場合だけです(管理監督者であっても、深夜割増賃金は支払わなければなりません。)。
他方、労基法の規制の範囲内で、法内残業時間、法定休日以外の休日(法定外休日)に働かせた時間について残業代を支払う必要があるかどうかは、「契約」で決まります。例えば、1日の所定労働時間数が7時間の会社で、30分残業させた場合に、30分分の残業代を払うかどうかは契約で決めることができます。残業代を支払わないことが労働契約の内容となっている場合は、支払わなくても法律には違反しません。
3 残業代込みの給料(固定残業代・みなし残業)とした場合のチェックポイント
「残業代を支払わないとは言っていない。残業代込みの給料(固定残業代・みなし残業)なのだから、残業代は払っている。」
そう言いたい会社経営者の方も、大勢いらっしゃると思います。しかし、「残業代込みの給料(固定残業代・みなし残業)」という話になっていたとしても、会社側の言い分が通らないことがあります。次の3点について、確認が必要です。
① 根拠規定
② 判別可能性
③ 対価性
4 ①根拠規定
残業代込みの給料(固定残業代・みなし残業)であることを、立証することができるでしょうか?「本人も分かっているはずだ。」「証言してくれる人が大勢いる。」では、足りません。残業代込みの給料(固定残業代・みなし残業)であることが書かれた労働契約書や就業規則の定めが必要です。
根拠規定がなかったり、無効だったりすると、残業代込みの給料(固定残業代・みなし残業)であること自体、なかったことにされてしまいます。立証のために根拠規定が必要ということは、労基法37条の割増賃金であっても、法内残業等の残業代であっても変わりません。
5 ②判別可能性
労基法37条の割増賃金が支払われたというためには、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができること(判別可能性)が必要です。なぜなら、判別可能性がないと、割増賃金が支払われているのか、支払われた割増賃金の額で足りているのかが確認できないからです。これでは、「残業代は支払いません。」と言っているのと変わりません。
判別可能性があるといえるようにするためには、労基法37条の割増賃金に当たる部分の「金額」が労働契約で何円と定められているのかが分かるようにしておいて下さい。労基法37条の割増賃金に当たる部分の「金額」が労働契約で何円と定められているのかが分かれば、支払われた割増賃金の過不足が算定できますので、判別可能性があるといえます。
ただし、次の「対価性」が否定された場合には、労基法37条の割増賃金に当たる部分の「金額」が労働契約で何円と定められているのかが分かる定めになっていたとしても、判別可能性が否定されることがあります。
6 ③対価性
労基法37条の時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったといえるためには、「時間外・休日・深夜労働の対価」として当該賃金が支払われること(対価性)が必要です。
対価性は、「当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情」を考慮して実質的に判断します。契約書等の記載内容は重要な考慮要素ですが、それだけで結論が決まるわけではありません。
例えば、担当した業務の売上や経費に応じて金額が決まる手当の全額を労基法37条の時間外・休日・深夜割増賃金として支払うと定めたとします。形式的には、この手当全額が割増賃金と定められています。しかし、この手当は、担当した業務の売上や経費に応じて金額が決まるわけですから、その実質は歩合給です。形式としては割増賃金と定められていたとしても、実質が歩合給の場合は、時間外・休日・深夜労働の対価として当該賃金が支払われたとすることは認められません。歩合給として取り扱われた上で、未払割増賃金の額が算定されることになります。
労基法37条の割増賃金として支払う旨定められている手当の「一部」であっても、対価性が否定されると、ほとんどの事案では、当該手当「全額」が労基法37条の割増賃金ではなく、通常の労働時間の賃金として取り扱われます。手当の一部について対価性が否定された場合、手当のうち何円が通常の労働時間の賃金に当たる部分で、何円が労基法37条の割増賃金に当たる部分なのかが分からず、判別可能性が否定されるのが通常だからです。残業代込みの給料(固定残業代・みなし残業)とする場合、手当の趣旨が混在しないようにすることが極めて重要です。趣旨が異なる賃金は、異なる名称の賃金に分けて労働契約に定めて下さい。
7 おわりに
残業代込みの給料(固定残業代・みなし残業)とする場合は、次の3点について、確認しておいて下さい。
① 根拠規定
② 判別可能性
③ 対価性
③対価性は実質的に判断しなければならないため、判断が難しいかもしれません。他方、①根拠規定を定めることは難しくありませんし、②判別可能性を満たす定めを設けることもさほど難しくはないはずです。①根拠規定、②判別可能性についてしっかり対応した上で、③対価性については、労働問題に力を入れている弁護士に相談しながら対処していくといいと思います。
弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎