問題社員12 精神疾患を発症してまともに働けないのに休職や退職の効力を争う。

1 精神疾患発症が疑われる社員の基本的対応

 使用者は、社員の健康に対して安全配慮義務を負っていますので(労契法5条)、遅刻や欠勤が急に増えたり、集中力や判断力が低下して単純ミスが増えたりするなど、精神疾患発症が疑われる社員については、上司から具体的問題点を指摘した上で、医療機関での受診や産業医への面談を勧めるなどする必要があります。
 また、使用者は、必ずしも社員からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っていますので、社員にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、メンタルヘルスに関する情報については社員本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど社員の心身の健康への配慮に努める必要があります(東芝(うつ病・解雇)事件最高裁平成26年3月24日第二小法廷判決参照)。
 所定労働時間内の通常業務であれば問題なく行える程度の症状である場合は、時間外労働や出張等、負担の重い業務を免除する等して対処します。長期間にわたって所定労働時間の勤務さえできない場合は、原則として、私傷病に関する休職制度がある場合は休職を検討し、私傷病に関する休職制度がない場合は普通解雇を検討することになります。
 私傷病に関する休職制度は普通解雇を猶予する趣旨の制度であり、必ずしも就業規則に規定しなければならない制度ではありません。休職制度を設けずに、精神疾患を発症して働けなくなった社員にはいったん退職してもらい、精神疾患が治癒して労働契約の債務の本旨に従った労務提供ができるようになったら再就職を認めるといった制度設計も考えられます。

2 精神疾患の発症が強く疑われるにもかかわらず精神疾患の発症を否定する社員の対応

 精神疾患の発症が強く疑われるにもかかわらず社員本人が精神疾患の発症を否定して就労を希望した場合、漫然と就労を認めてはいけません。就労を認めた結果、精神疾患の症状が悪化した場合、安全配慮義務違反を問われて損害賠償義務を負うことになりかねません。
 精神疾患の発症が強く疑われる社員が出社してきたものの、債務の本旨に従った労務提供ができない場合は、就労を拒絶して帰宅させ、欠勤扱いにするのが原則です。
 職種や業務内容を特定して労働契約が締結された場合は、債務の本旨に従った労務提供ができるかどうかは、当該職種等について検討します。
 職種や業務内容を特定せずに労働契約が締結されている場合も、基本的には現に就業を命じた業務について債務の本旨に従った労務提供ができるかどうかを判断することになりますが、現に就業を命じた業務について労務の提供が十分にできないとしても、当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供ができ、かつ、本人がその労務の提供を申し出ているのであれば、債務の本旨に従った履行の提供があると評価されるため(片山組事件最高裁平成10年4月9日第一小法廷判決)、当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について本人が労務の提供を申し出ているのであれば、当該業務についても債務の本旨に従った労務の提供ができるかどうかを検討する必要があります。
 債務の本旨に従った労務提供があるかどうかを判断するにあたっては、専門医の診断・意見を参考にします。本人が提出した主治医の診断書の内容に疑問があるような場合であっても、専門医の診断を軽視することはできません。主治医への面談を求めて診断内容の信用性をチェックしたり、精神疾患に関し専門的知識経験を有する産業医の意見を聴いたりして、病状を確認する必要があります。
 精神疾患の発症が疑われるため、会社が医師を指定して受診を命じたところ、本人が指定医への受診を拒絶した場合は、債務の本旨に従った労務提供がないものとして労務の受領を拒絶し、欠勤扱いとすることができることもあります。
 社員本人が精神疾患の発症を否定している場合であっても、直ちに精神疾患が発症していないことを前提とした対応を取ることができるわけではありません。精神疾患を原因とした欠勤等を理由とする懲戒処分は、無効と判断される可能性が高いものと思われます(日本ヒューレット・パッカード事件最高裁平成24年4月27日第二小法廷判決参照)。
 精神疾患の発症が疑われる社員が精神疾患の発症を否定して、債務の本旨に従った労務提供ができると主張している場合でも、休職命令を出すことができます。ただし、休職事由の存在を立証することができなければ、休職命令は無効となってしまいますので、精神疾患の発症が疑われる社員が精神疾患を発症して債務の本旨に従った労務提供ができないことの証拠等、休職事由の存在を立証できるだけの診断書等の証拠をそろえてから休職命令を出す必要があります。
 精神疾患を発症して休職に入った社員が、債務の本旨に従った労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善しないまま休職期間が満了すると、退職という重大な法的効果が発生することになりますので、休職命令発令時及び休職期間満了直前の時期に、何年何月何日までに債務の本旨に従った労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善しなければ退職扱いとなるのかを通知すべきと考えます。事前に休職期間満了日を明確に通知することは、休職期間満了退職の効力が無効と判断されにくくなる方向に作用する一要素となります。

3 精神疾患を発症して出社と欠勤を繰り返す社員の対応

 精神疾患を発症して出社と欠勤を繰り返す社員に対応できるようにするためには、精神疾患を発症した社員が出社と欠勤を繰り返したような場合であっても休職させることができるよう休職事由を定めておく必要があります。例えば、一定期間の欠勤を休職の要件としつつ、「欠勤の中断期間が30日未満の場合は、前後の欠勤期間を通算し、連続しているものとみなす。」等の通算規定を置いたり、「精神の疾患により、労務の提供が困難なとき。」等を休職事由として、一定期間の欠勤を休職の要件から外し、再度、長期間の欠勤が必要とするような規定にはしないようにしておくことになります。
 精神疾患を発症した社員が出社と欠勤を繰り返しても、真面目に働いている社員が不公平感を抱いたり、会社の負担が過度に重くなったりしないようにして会社の活力を維持するためには、欠勤日を無給とし、傷病手当金の受給で対応するのが効果的です。出社と欠勤を繰り返す社員の対応に困っている会社は、欠勤期間についても賃金が支払われていることが多い印象です。
 私傷病に関する休職制度があるにもかかわらず、精神疾患を発症したため債務の本旨に従った労務提供ができないことを理由としていきなり普通解雇するのは、休職させても休職期間満了までに債務の本旨に従った労務提供ができる程度まで回復する見込みが客観的に乏しい場合でない限り、解雇権を濫用したものとして解雇が無効(労契法16条)と判断されるリスクが高いものと思われます。

4 精神疾患を発症した社員が休職を希望している場合の対応

 精神疾患を発症した社員が休職を希望している場合は、休職申請書を提出させてから、休職命令を出すとよいでしょう。休職申請書を提出させてから休職命令を出すことにより、休職命令の有効性が争われるリスクが低くなります。
 精神疾患を発症した社員が休職申請書を提出したら、休職命令書を交付して、休職期間の開始日や満了日を明確にするようにして下さい。休職申請書を出させて内部決済が済んだだけで安心してしまい、休職命令書を交付せずに何となく休ませていると、何年何月何日までが欠勤で、何年何月何日からが休職期間で、何年何月何日までに債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が回復しなければ退職扱いになるのかがよく分からなくなることがあります。その結果、いつまでたっても精神疾患が治らないので退職させようとしたところ、休職命令や休職合意の存在、休職期間の開始日や満了日の立証に困難を伴い、休職期間満了退職扱いにすることができなくなる可能性があります。

5 復職の可否の判断基準

 復職の可否は、「休職期間満了日までに、債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否か」により判断するのが原則です。
 ただし、診断書等の客観的証拠により、間もない時期に債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善していると認定できる場合には、休職期間満了により退職扱いにするかどうかを慎重に判断する必要があります。休職期間満了時までに精神疾患が治癒せず、休職期間満了時には不完全な労務提供しかできなかったとしても、直ちに退職扱いにすることができないとする裁判例もあります。
 職種が限定されている場合は、限定された当該職種について債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討します。
 通常の正社員のように、職種や業務内容を特定せずに労働契約が締結されている場合も、現に就業を命じられた特定の業務について、債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討するのが原則ですが、労働者が、現に就業を命じられた特定の業務について、労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供を申し出ているならば、当該業務について、債務の本旨に従った労務提供ができる程度に精神疾患が改善しているか否かを検討する必要があります(片山組事件最高裁平成10年4月9日第一小法廷判決参照)。
 復職の可否を判断するにあたっては、専門医の診断・意見を参考にして下さい。精神疾患を発症して休職している社員が提出した主治医の診断書の内容に疑問があるような場合であっても、専門医の診断を軽視することはできません。主治医への面談を求めて診断内容の信用性をチェックしたり、精神疾患に関し専門的知識経験を有する産業医の意見を聴いたりして、病状を確認して下さい。
 精神疾患を発症して休職している社員が提出した主治医の診断に疑問がある場合に、会社が医師を指定して受診を命じたところ当該社員が指定医への受診を拒絶した場合は、休職期間満了時までに、債務の本旨に従った労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善していないものとして取り扱って復職を認めず、退職扱いとすることができることもあります。
 休職命令の発令、休職期間の延長等に関し、同じような立場にある社員の扱いを異にした場合、紛争になりやすく、敗訴リスクも高まるので、休職制度の運用は公平・平等に行うようにして下さい。同じような状況にある社員の取扱いを異にする場合は、裁判官が納得できるような合理的理由を説明できるようにしておいて下さい。

6 休職と復職を繰り返す社員の対応

 精神疾患を発症した社員が休職と復職を繰り返すのを防止するためには、復職後間もない時期(復職後6か月以内等)に同一又は類似の事由により欠勤した場合(債務の本旨に従った労務提供ができない場合を含む。)には、復職を取り消して直ちに休職させ、休職期間を通算する(休職期間を残存期間とする)等の規定を置いて対処する必要があります。そのような規定がない場合は、普通解雇を検討せざるを得ませんが、有効性が争われるリスクが高くなります。
 精神疾患を発症した社員が休職と復職を繰り返しても、真面目に働いている社員が不公平感を抱いたり、会社の負担が過度に重くなったりしないようにして会社の活力を維持するためには、休職期間を無給とし、傷病手当金の受給で対応するのが効果的です。休職と復職を繰り返す社員の対応に困っている会社は、休職期間についても賃金が支払われていることが多い印象です。

7 業務に起因する精神疾患の発症と休職期間満了退職

 精神疾患の発症の原因が長時間労働、セクハラ、パワハラ等の業務に起因する労災であることが判明した場合、
 ① 私傷病を理由とした休職命令が休職事由を欠き無効となり、その結果、休職期間満了退職の効力が生じなくなったり、
 ② 療養するため休業する期間及びその後30日間であることを理由として、休職期間満了による退職の効果が生じなくなったり(労基法19条1項類推)
します。
 いずれの法律構成によっても、精神疾患の発症に業務起因性が認められる場合には、原則として休職期間満了退職の効力は生じないことになります。

弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎

 


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