労働問題492 賃金から社宅の費用を控除することはできますか。
賃金は、その全額を支払わなければならないのが原則ですので(労基法24条1項本文)、社宅の費用を賃金から控除することが直ちに認められるわけではありません。労働者の過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数を代表する者(過半数組合がない場合)との間で賃金控除協定(労基法24条1項但書)を締結し、就業規則等に賃金から社宅の費用を控除し得る旨を定めて労働契約の内容とした上で、社宅の費用を賃金から控除するのが原則的な対処方法となります。
労働者がその自由な意思に基づき、使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することに同意した場合においては、当該同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、当該同意を得てした相殺は労基法24条1項本文に違反するものとはいえないとするのが日新製鋼事件最高裁平成2年11月26日第二小法廷判決ですので、かかる最高裁判決の趣旨からすれば、労働者が自由な意思に基づいて賃金控除(相殺)に同意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することを使用者が立証できた場合には、賃金控除協定が締結されていない場合であっても、使用者が労働者に対して有する社宅費用請求権と労働者の賃金債権との相殺ないしは賃金からの社宅費用の控除が認められると考えることができるものと思われます。
しかし、賃金控除協定が締結されている場合と比較して、使用者が立証しなければならない賃金控除(相殺)の要件が加重されるため、紛争となった場合、賃金からの社宅費用の控除(相殺)が認められないリスクが高くなりますので、事前の労務管理のあり方としては、賃金控除協定を締結した上で、個別の合意をするなり、就業規則に規定して周知させるなりして、賃金控除を労働契約の内容として対処すべきものと考えます。
なお、賃金控除(相殺)が認められない場合は、賃金控除(相殺)した金額についての賃金請求が認められてしまいますが、一定額の社宅費用の支払義務が労働者にあることを使用者が立証できるのであれば、使用者は、労働者に対し、当該社宅費用の請求をすることができます。全体として考えれば、賃金控除(相殺)が認められても認められなくても、収支は変わらないはずなのですが、社宅費用回収に手間がかかるかどうか、回収不能のリスクを使用者が負うかどうかといった点で違いが生じてくることになります。